セミリタイアの日常

49歳でリタイアしました。セミリタイアという名の無職生活を綴っています。

自由な生活は自堕落な生活と背中合わせ

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JICAのレストランでたまに食べるカオマンガイ

美味しいけど激ウマ料理とは思わないんですよね。

同じ鶏肉料理なら弁当屋さんの唐揚げ弁当の方が美味しいかな。

外国の料理は物珍しいからたまに食べたくなるけど、食べ続けたいと思う料理はあまりないんです。

 

 

働かず好きなことをしていればいいリタイア生活。

 

嫌なことはせず好きなことだけしていればいいなんて、なんて幸せなんでしょうか。

 

グダグダしたかったら好きなだけグダグダしていいんです。

 

でもね、好きなことだけをやる生活を何年もしているとワクワク感が物足りなくなるんです。

 

例えば世界一周するぞーとか、高い山に登るぞーとか冒険心を掻き立てられそうなことをやるとか。

 

ただ、私はそういう危ないことは好きじゃないし、やりたいことではないんですよね。

 

まあせいぜい車中泊しながら本州一周でもしてみようかな、が精々なところなんです。

 

あまり長い旅だと疲れちゃうので半月くらいですかね。

 

自分に無理しないでワクワク感を得るのは難しいことなんですよね。

 

でも、あくせく汗をかいて満足感を満たすのはやりたいことではないんです。

 

こういう価値観だから早目にリタイアしたんでしょうけど。

 

そんな怠け者で平凡な生活が好きな私がワクワクしながら生きていくのって難しいなと感じています。

 

この平凡な生活を手放して今から〇〇家とか〇〇士になって世界のため日本のために生きたいとは思わないのです。

 

きっとこんな平々凡々な私のようなリタイア者が世の中には溢れているのでしょうね。

 

そして、あーワクワクしたいなーと言いながら日々を過ごしているのかもしれませんね。

 

どこかで歯止めをかけないとどこまでもダラけた生活をしてしまいそうなのがリタイア生活です。

 

ものすごく快適だけど自堕落な生活になってしまいがちな自由な生活でもあります。

 

自由な生活は自堕落な生活と背中合わせだあと感じています。

 

甘美な自堕落な生活の中で浮いたり沈んだりを制御できるすべは是非手に入れたいものです。

 

いや逆で、自堕落な生活から戻れる自制心は手放してはいけないのですね。

 

労働社会と一線を画した生活を送るにはある程度の自制心を残しておかないと、自堕落な生活の海に沈没したらもう浮上できなくなってしまうのがリタイア生活だと思います。

 

労働社会と一線を画しているということでは、リタイア生活も引きこもりも同じことが言えるのでしょうね。

 

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セミリタイア世代の心境

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先週スシローのダブル赤エビが終わってしまいました。

スシローに通い始めた頃は赤エビは2巻100円で赤エビを目当てに行っていました。

最近は今日の海鮮巻が目当てです。

ダブル赤エビ、次は半年先かな?

 

 

最近は心が痛む事件が多いですね。

子どもが巻き込まれる事件はホント滅入ってしまいます。

 

 

 

リタイアして働かない生活を始めて7年目。

 

働かない生活を選び生活レベルを下げても心の幸せレベルが上がれば帳尻が合うことを実感しています。

 

セミリタイアすると消費する生活だけが幸せではないということがよくわかります。

 

リタイアして何年かは住む環境だったり家具家電などを整えるのに物欲がありましたが、リタイアして5年くらい経つとそういう家財とかも大体整ってきて、お金の使い道が自分が楽しむことに移ってきています。

 

それまでは働かない生活をすることに対する満足感はありましてが、欲しいものを我慢して生活することに対してはしようがないことだとどこかで諦めていました。

 

100%欲しいものを手に入れる生活は私の資産ではできませんが、時間をかけてコツコツ欲しいものを手に入れていくと年々幸せレベルが上がってきている気がします。

 

まあ私の欲しいものなんてたがが知れているんですけどね。

 

最近では手に入れたものを楽しむ時間が足りなくて消化不良気味です。

 

テレビはコマーシャルを飛ばしたいのでなるべく録画で見ていますが、録画が多くて時間がかかって本やCDや DVDを見たりやネットをする時間が足りません。

 

当たり前ですが、家の中の掃除洗濯や庭や家のまわりの掃除や買い物などの用事足しもあり、何もしないでボケーッとする日はあまりありません。

 

こうして居られるのは蓄えとライフプランを守っているからなんですよね。

 

蓄えがあるからといって使い過ぎないように生活すれば良いのですが、このまま死んでしまったら後悔しないだろうか?とは思っています。

 

もっと遊べば良かったな、とか。

 

大したことはしていない生活だけど、今より自分が何をしたいのか?どうしたらもっと楽しいのか?ちょっと考えてしまう今日この頃です。

 

でも自分に無理して、暑くて紙を流せないトイレ事情の国に安い飯目当てに行ってくるのもちょっと違うなあとも思ったり。

 

どこまで自分が受け入れられるかによるでしょうけど、自分が受け入れられないことまで無理してやるのはちょっと違うと思ったりします。

 

悠々自適のリタイア生活って、結局自分がやりたいことを見つけられるかどうかで充実感が大きく左右されるんでしょうね。

 

私の現在位置は、働かない生活の先の自分のやりたいことを探している段階にいるようです。

 

ただ生活していけばいいのならそれは達成できたので、その先のどうすればもっと楽しめるかというところにきているということです。

 

まだ年配のリタイア世代のような人生行き着いたような心境には至っていないので、もうしばらくは行動的に暮らしていたいと思っています。

 

そんな中途半端な心境がセミリタイア世代なのかもしれません。

 

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結婚詐欺にあっているのかもしれない

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週末の滝野すずらん公園は天気も良くチューリップが満開で大賑わいでした

 

 

結婚して何年経っても妻が仕事を辞めません。

 

リタイアしてほしいのですが、結婚後に妻の親が衰えで一人暮らしが出来なくなりました。

 

妻がなかなか仕事を辞めないのは親の介護でお金がかかるためです。

 

自分の小遣いを貯めたいのもあると思いますけど。

 

 

私は既に両親の介護と看取りを終えているのですが、今度は妻の親の介護に協力しないとならなくなっています。

 

正直のところ妻の親とは折り合いが悪いのであまり会いたくはないのですが、こうなってしまった以上はむげにも出来ません。

 

妻の親が理由でいまさら離婚するのもねえ。

 

会わなきゃいい話しなんだけど、そうもいかないのがつらいところです。

 

もう随分妻の親のために時間を費やしているのですが、妻の親の実の子供たちはほとんど世話に来ません。

 

実の子ではない私が時間もお金も一番負担しているかもしれません。

 

私は結婚詐欺にあっているかもしれない。ダマされているんじゃね?そんな気にもなるんです。

 

東南アジアの若い女性と一緒になると親兄弟の金銭的な支援を求められることが多いそうですが、どうせダマされるなら若い女の子と楽しんだほうがいいかもしれません。

 

そんなことも考えてしまいます。

 

まあ妄想ですけどね。

 

毎日暇そうだし使っちゃえ!とばかりにアッシーにされていて、いい加減にしてほしいと思っているんですけどね。

 

歳をとってからの結婚は親の介護や看取りのことが出てくるんですよね。

 

そのうち自分も衰えるんだから仕方がないことなんだけど、尽くすばかりで自分が衰えた時には誰からも面倒をみてもらえないかもしれないというのが辛いところです。

 

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リタイア後に結婚してみた

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今年行った高野山奥の院

祈りの聖地ではあるけど行くたびに観光地化が進んでいるなぁと感じるのは私だけでしょうか?

 

 

世間では無職の小室圭さんがどうやって眞子さまと結婚して生活していくんだ!と連日マスコミに叩かれています。

 

ひとごとのように聞き流し、私もそうだそうだ!どうするつもりなんだ!と言っていますが、私もリタイア後に無職の分際で結婚したことをすっかり忘れていました。

 

私の相手は皇室ではなかったのであんな叩かれ方はしませんでしたけど。

 

 

私の場合、リタイア後は親戚や友人のつながりもなく、お互いいい歳なので反対するひとはいませんでした。

 

結婚してみて、結婚ってそれこそ紙一枚の関係なんだなと改めて感じましたよ。

 

もうこの歳になると結婚なんて簡単なものになってしまうんだなと。

 

こんなに安易に結婚できていいんだろうかと思うくらい、なんの障壁もありませんでした。

 

無職なのに。

 

妻が私の仕事のことは聞かないようにして、と手回ししてくれたようで妻の親兄弟から仕事は?収入は?なんて話は未だかつてありません。

 

もしあの時結婚していなかったら、今頃は朝から晩まで誰とも話すことのない生活をしていたと思います。

 

もしこれから早期リタイア社を目指している独身のかたがこれを読んでいたら、できることならパートナーはいた方がいいと思いますと伝えたいです。

 

パートナーがいる分お金がかかることもあるけど、一生朝から晩まで誰も話す相手がいない生活をするよりずっといいと私は思います。

 

まあ、ひとにもよるでしょうけど。

 

もちろん結婚して一緒に暮らすと、お互い多少は我慢をすることも出てきたりします。

 

一緒に暮らしていれば夫婦はケンカがつきものです。

 

私はその対策として家はなるべく広めの家がいいと思っています。

 

そして、ひとりは一階で、もうひとりは二階を主に使えばいいと思います。

 

食事時などは一緒にいるにしても朝から晩まで一緒の部屋だと差し支えがある時もあります。

 

夫婦だって他人なわけですからお互いプライバシーを守れる空間がほしいです。

 

リタイア後に結婚するような二人なら、それまでひとりでいた時間のほうがずっと長いはずですしね。

 

それを解決する、緩和するのが生活スペースを分けることです。

 

うちでは、一緒に長く暮らしていくために個人のスペースを分けて生活しています。

 

具体的には食事、食後の団らん、就寝以外は別々に暮らしています。

 

もちろん2人で外出するし旅行にも一緒に行きます。

 

家での自分の時間を別々の空間で過ごしています、ということです。

 

自分のスペースでは好きな音楽を聞いたり本を読んだりテレビや録画や映画をみたり、お互いにやりたい放題グダグダ放題に過ごしています。

 

居住スペースを広々と使えるのは地方だからこそのことです。

 

 

結婚なんてお互い選り好みしなければ簡単なことかもしれません。

 

選り好みしちゃうから中々相手が決まらない、ということもあるかもしれませんね。

 

50くらいになると相手がいるだけ有り難いと思った方がいいかもしれないですね。

 

そして相手の資産をあてにし過ぎないようにしたほうがいいですね。

 

ひょっとしたら、お相手探しは後者の方がハードルが高いかもしれないですね。

 

案外、セミリタイアラー同士なら話しは早いかもしれませんよ。

 

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ブログに書けないことが多い

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近所の芝桜が満開になりました。

 

痛ましい交通事故のニュースが多くて心が痛む今日この頃です。

 

 

今日は日常を書いているこのブログですが、実は書けないでいることも多いという話しです。

 

日本では感情を出さないことが美徳とされています。

 

でも、我慢して抑えこんだ気持ちや感情は蓄積されるとストレスになります。

 

それを解消するには書く行為が良いと言われています。

 

ブログでも少しはこの役割の一端を担えると思います。

 

でも、本当は書きたい罵詈雑言はブログでも中々書けるものではありません。

 

私は無職の分際でリタイア後に結婚して数年経ちます。

 

毎年のように夫婦喧嘩はあります。

 

その一部始終をブログに書けるかというと、まあ書けませんね。

 

そんな時、私のとがった気持ちを癒してくれているのは日記アプリです。

 

ブログに書くのもはばかれる誰にもぶつけられない次々とあふれ出る罵詈雑言を書き連ねていく。

 

すると、書き終わるころには不思議なことに怒りが落ち着くのです。

 

夫婦喧嘩に限らずブログに書けないことは多くて、その度に日記アプリは罵詈雑言を受け止めてくれています。

 

日記アプリにしてみればいい迷惑だと思いますが、ひとの心を受けとめるのが日記ですからしようが無いですね。

 

腹が立った時、相手への気持ちをストレートに日記アプリに書くと、あら不思議!気持ちが落ち着いてきます。

 

でも、その日記は決して相手に見せてはいけないものです。

 

誰でも自分の日記にはひとに見せられないことも書かれていることがあるでしょうね。

 

だから、自分の日記もひとの日記も安易に見せてはいけないものだと思います。

 

なんでも書けるという意味で、誰にも見せないブログは有りだと思います。

 

でも、見られたくないひとに見られるリスクを考えるとブログを日記にするのはやっぱり怖いことだと思います。

 

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