セミリタイアの日常

49歳でリタイアしました。北海道在住、気の向くままの生活をしています。

早期リタイア者は無職だと同情されるくらいがいいと思う

f:id:ezoris:20170711221355j:image札幌 定山渓豊平峡ダム 秋の紅葉が人気  夏場もトンネルは涼しかった   記事と関係ありません

 

私は札幌に住んでいても、人混みが嫌いなので札幌駅前通りとかは好んでは行かない。

 

地下鉄にも好んでは乗らない。

札幌駅隣接のJRタワーの映画館なんかは絶対行かない。

空いている映画館なら他にいくらでもあるから、満員の映画館になんか行きたくない。

 

札幌に住んでいて、そんなに都会暮らしを求めてはいない。

基本、移動は車を使っている。

 

札幌の良いところは、ほどほどの街で自然も身近にあること、ゴキブリがほとんどいないこと(厳密にはいるらしいが私は生まれてこのかた北海道でゴキブリを見たことがない)、梅雨がないこと、台風が少ないこと、食べ物が美味いこと、そしてなにより涼しいこと。

 

でも最近は梅雨のような雨が続いたり台風がきたりで、温暖化が原因だろうというニュースが多い。

流石に誰もがフェイクニュースだと言いそうもない地球温暖化だが、アメリカの大統領がそんなのフェイクニュースだとおっしゃるのには驚いた。グレートアメリカもほどほどにしてほしいと思う。

 

北海道に旅行に来たり移住したなら、是非車を使って観光地に足を運ぶことをお勧めしたい。

札幌から1時間も車を走らせれば田舎の景色が楽しめる。

半日車を走らせれば、札幌から函館や稚内、知床、釧路とかの片道に丁度良い。

車中泊できる車ならいざという時は、24H使える洗浄トイレ完備の綺麗な道の駅があちこちにあるので気軽に出掛けられる。

でも最近は30度を超える暑い日が続いているので泊まるところを確保したほうが安心だと思う。

 

 

さて、今日は早期リタイア者の立ち位置について思うことを書こうと思う。

 

セミリタイアして何をするのか?ってあまりに自由時間があるのに戸惑う。

何をしたらいいのか分からないってかたもいる。

好きにしたらいいんだろうけど、どう好きにしたらいいのか分からない?

でも、そもそもなんのために生まれてきたのかなんて分かっているひとってそんなにいないんじゃないのかな?

それが働いていた頃の仕事だったか?っていうと、それもあっても良かったと思うけど、私は仕事のために生まれてきたのではなかったと思う。

 

どんな仕事をしたいのかなんて多くの人は結局成り行きなんじゃないかな?

第一志望だなんだかんだと理由をつけても絶対、じゃなかったはず。

なんとなく受けて受かった学校に入って、なんとなく受けて受かった会社で勤めてきた。

そして、自分がなんのために生まれてきたのかは今も分からないし、多分一生分からないんじゃないかな。

 

なにをしてもいいリタイア生活でなにをして過ごすか?と同じじゃないかな?

なにかをやり遂げるんだ、とか別に力まなくていいんじゃないかな?

なにかやりたいことができたらそれを楽しめばいいし、なにもしなくてもいいんじゃね?

 

早期リタイア者は働きたくないけど働いている多くの人からしたら、働かなくていいなんて羨ましい生活であり、よく言えば成功者なのかもしれない。

 

だとしたら、セミリタイア者アーリーリタイア者は社会に対して挑発するような、リスキーな言動は避けるべきだと思う。

 

資産ができちゃったからもう働きません!とか、こそっとつぶやくくらいにしたほうがいい。

我慢できなくて大っぴらにせずにいられないひとって、承認要求を満たしたいんじゃないかな。

その場合はまだリタイアには早いのかもしれない。

結局、承認要求を満たしたくてリタイアをやめちゃったりするかも。

リタイアなんだから目立つ必要は全くないのに。

 

隠れて生きるとまでは言わないけど、早期リタイア者は無職で可哀そうと同情されるくらいの立ち位置でいいんじゃないかなと思う。

 

ネットでの資産公開について思うこと

f:id:ezoris:20170705132220j:image十和田湖 乙女の像  修学旅行以来の十和田湖奥入瀬は綺麗で良かった 記事とは関係ありません

 

phaさんとか脱力系の著作で見かけるのが、人生なんていろいろあるようでなんかかんかしていたらそのうちお迎えが来る…みたいなフレーズ。

 

良く言えば達観している、悪く言えば人生をあきらめている感じ。

 

これはリタイア者の発想に良く似ていると感じる。

 

問題はろくに働いていないかたが(phaさんは社会人生活3年)達観して人生をあきらめていいのか?というところだと思う。

 

私のリタイア後の人生も見切りとあきらめの生活と言ってもいいかもしれないけど。

 

私を含め、セミリタイア者の多くは社会で活躍することを降りた方だ。

 

リタイア後も何か立派な感じを繕っていたとしても。

 

バリバリ働くこととリタイアすることは相いれないことだから。

 

phaさんや脱力系の本を書いているかたは、どうかこの先も自立の道を歩んでほしいと思う。

 

 

さて、セミリタイア者アーリーリタイア者の多くは、社会で活躍することを降りて穏やかなあくせくしない、平穏な生活を目指していると思う。

 

セミリタイア者アーリーリタイア者、あるいはそれを目指している方の多くはリスク資産を持っている。

 

そこで思うのは、社会から(半分)降りたのに社会の頑張りに資産を投資して、これだけ増えたとかこれ見よがしに言うのは下品だということだ。

 

自分は頑張らないけど他人には頑張れと言い、他人が頑張った結果こんなに儲かりました、ということを人前に出すのはどうなんだろうと思う。

 

例えそれがお金持ちでも。

でも、お金持ちになればなるほどこれ見よがしにお金持ちであることをひけらかすことは慎む、と思っていた。

 

しかし、今は昔、今は自分で億りびとだと吹聴するかたもいる時代だ。

 

会社勤めで頑張っているかたより株で儲けたかたのほうが大きな顔をしていて良いかのか?と思ってしまう。

 

お金儲けが人の価値の全てなのか?

 

別に聞いてもいないのに株の資産がこれだけ増えたとか日々伝える意味がわからない。

 

株の話は下品だということは、分かるひとには分かるし分からないひとには分からないことだ。

 

株をしていること、どういう資産状況かを大っぴらにすることに対して気が引けるか気が引けないか、そう感じるか感じないかだから。

 

資産運用は、年金問題の心配があるから必要性が高まりテレビとかでも取り上げられたりしているし、ひとの資産運用ってどうなっているか気になるところだと思うけど。

 

ネットで何を公開しようが個人の自由だとは思うんだけど。

 

あまりあけっぴろげにやると、お金儲けは悪いことですか?って言っちゃった村上ファンドとかわらない気がする。

 

自分にとって楽しいことがお金を増やすことであり楽しさを共有したいと考えるなら、品性より楽しさを優先するのもありかもしれないけど。

 

ネットの匿名性の上で資産公開するにしても、日本文化の奥ゆかしさ、慎み深く察する文化はこれからも次世代の子どもたちにもつなぐべき文化だと思うんですよ。

 

そのことが矛盾しないことであることを望みます。

 

日本の生きづらさにもがくひとに対してセミリタイア者は謙虚であるべきだ

f:id:ezoris:20170703112742j:image摩周湖の道の駅 静かで綺麗で素晴らしい車中泊スポットだ   記事とは関係ありません

 

日本はとても生きづらい国だと思う。

 

少なくとも私は働いている時強くそう感じていた。

 

辛くて辛くて死にたくなることだって何度もあった。

 

それは学校を出て正社員で働き妻子を養うことが男の生き方だという、日本ではそれが当たり前だという呪縛に苦しんだからだ。

 

結果的にそんな我慢大会は良くないという意識が生まれ、海外のゆるい国に逃げたり、おひとりさまが増えたり、少子高齢化が進んだりしている。

 

つまり、多くの人が日本は生きづらいと感じているのだ。

 

老後に困るからとみんな我慢して働いているのだ。

 

セミリタイア者の多くはそんな深い海の中から逃げてきたのだ。

 

それなのにセミリタイア者が働かないで好きなことしている生活ってサイコー!とか言ってたら反感を買うだけだ。

 

なにが言いたいかというと、セミリタイアは自分以外の多くの働きたくないけど働いているひとがいるから成り立つことなんだから謙虚であるべきだと思うのだ。

 

セミリタイア、アーリーリタイアってサイコー!なんて言うのは、働きたくないけど働いている人たちに喧嘩を売っているようなものだということだ。

 

働きたくないけど働いている人たちに簡単に仕事なんて辞めちゃえばいい、お金なんてなんとかなる!なんて言うべきではない。

 

セミリタイア者は、多くの働きたくないけど働いている人たちが作ってくれている基盤の上で生活していることに感謝を忘れてはいけないのだ。

 

今何を楽しみに生きているんだっけ、自分の楽しいことって何だっけと思うことがある

f:id:ezoris:20170630235851j:image礼文島から利尻富士を望む  記事とは関係ありません

 

リタイア前はリタイアしたら好きなだけ寝て、好きなことだけして楽しく暮らそうと思っていた。

 

リタイアして数年はそんな感じで孤独感こそあれ自分は好きなことだけして楽しく暮らしていると思うようにしていた。

 

読もうと思って買った好きな本やマンガは山のようにあり、観ようと思って撮りためた映画や番組も山のようにあり、写真を撮ろうと思って買った一眼レフがあり、コピーしようと思って買った好きなアーティストの楽譜やギターがあり、車中泊でもして旅でもしようと車を替えたりした。

 

でも手にはいると満足してしまうのだ。

若い頃休みになるとパチンコに行ったあの情熱が無いのだ。

 

これは歳だけのことではない。

ひとり遊びは好きだったんだけど、情熱をそそげるものに出会えないのだ。

 

掃除や洗濯や買い物や用事足しなどやることが全くない訳ではないんだけど、物足りなさはある。

でもまた働くよりはマシだと思っている。

 

ありがちな、いざとなったらアルバイトでもすれば生活できると私は思っていない。

そんな器用な人間なら定年まで働くこともできるだろうけど、できないから早期リタイアしたのだ。

これまでもこれからも会社に勤めることはない。

 

健康年齢まではできるだけ動こうと思っているが、最近動きが止まっている。

いつまで元気でいられるかわからないから、焦ることはないけどなるべく充実した時間にする努力をしよう。

 

あくせくしないでいいのが早期リタイアの最大のメリットなんだから焦ることはないけど。

 

子どもの頃はひとり遊びは苦じゃなかったんだけど、この歳になってひとりで出歩くのが寂しく感じるがある。

引きこもるとストレスがないので、ひとりで遊ぶしかないんだ!という覚悟が低下していた気がする。

来週からはまたひとりで遊ぶぞ!

 

銀行、証券会社にマイナンバーを通知・登録したくない

f:id:ezoris:20170629105710j:image今年も家庭菜園の収穫が始まった  記事とは関係ありません

 

銀行にマイナンバーを伝えるように、という期限が2018年末になっている。

 

この時点ではまだ義務ではないらしいが、この先義務化されていく可能性がある。

 

私は嫌だ。銀行にマイナンバーを教えるのは嫌なのだ。

 

蓄財税への伏線ではないのか?

 

やっとのことで貯めたお金なのに税金かけられてたまるものか!と思うのが人情だ。

 

ただでさえ円安誘導で日本円の貯金は目減り傾向なのに、税金までかけられてたまるか!と思う。

 

貯金は自分で使いたいのだ。

 

税金を納めるために貯めたのではないのだ。

 

東南アジアで愛人に貢いでお金を失う老人が後を絶たないらしいが、日本にいて貯金を税金で取られるくらいなら愛人でも作って楽しんでお金が減ったほうがマシなんじゃないのか?

 

証券会社にも教えたくない。

 

脱税していないのになんで教えないといけないのだ?

 

個人の口座番号を国が把握するからマイナンバーを通知・登録しなさいなんて、そもそもやっていいのか?

 

政府は秘密保護するけど個人のプライバシー保護・秘密保護はないのか?

 

マイナンバーって結局税金徴収ナンバーなんじゃないの?ってことにならないことをただただ祈っている。