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セミリタイアの日常

49歳でセミリタイアしました。北海道在住のベビメタファン。

長生きする保証は何もないし、ライフプラン通りに生きられる保証もない

生きること、死ぬことという死生観は人間にとってもっとも重要な問題だと思う。

 

だけど、平和な世の中で育った私たちは楽観的な未来志向ばかりに踊らされて、人生の根源的な問題をネクラと称して考えなくなってしまった。

 

私たちは長生きする保証は何もないし、ライフプラン通りに生きられる保証もない。

平均寿命まで生きられる保証などあるわけでなく、長生きは願望にすぎない。

突然死ぬかもしれないのだ。必ず死ぬということを忘れてしまっても。

今日この一日、今この時を大切にして生きるということに尽きるように思う。

 

生きることをやめる土壇場になってから、生きることを始めるのでは時すでに遅しではないのか。

セミリタイアをするということは、生きることを始めるということではないのか。

それまでのストレスまみれの日々から解放されるということではないのか。

 

仕事に追いまくられ、ゆっくりすることも許されず自分のために生きたことなどなく人生を終えてしまうのか。

 

いくら平均寿命が延びようと、50歳を過ぎれば身体の衰えは隠せない。

年金の受給年齢を上げようと老いは待ってはくれないのだ。

 

ひと月300時間働こうが、年間3000時間働こうが、何の自慢にはならない。

余計なことに惑わされずに、心静かにいられるほうがよいと思う。

仕事、人間関係、世間体から身を離すことが平穏への近道ではないかと思う。

 

私は特に何になりたいというものはなかった。

学校を卒業し、雇ってもらえる会社に入り働いた。それが普通だった。

取りあえず人並みにいい生活をしたいというくらいしか考えていなかった。

自由になりたいとずっと思ってはいた。でも出来なかった。

 

仕事人間として生きてきたけど、振り返ればそんなところだ。

難しいことなどない。言葉で取りつくろうことをしなければ単純なことだ。

ほとんどの人は多かれ少なかれそんなところではないのか。

 

会社を辞めてようやく、仕事人間だけで死んでいくことから、心の充足を第一に考えられる環境になってきたと感じている。

 

 

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