セミリタイアの日常

49歳でリタイアしました。北海道在住、気の向くままの生活をしています。

私のいっこ上のひとまで特別支給の老齢厚生年金を受給できる件

生まれてくるのがわずか1年くらい遅かったから65歳まで何も受給できない現実。

 

そして、年金の受給年齢はいずれさらに引き上げられると予想されている。

 

どうやって受給年齢を引き上げていくかはあるだろうけど、きっと私の生まれた年のように、学年いっこ上のひとは受給できるのに自分は引き上げられた年齢になるまで受給できないひとが出てくるんだろうと思う。

 

制度の改悪なんてわずかの差で不公平が出てくるんだと思う。

 

私の親の世代はフルフル60歳から年金受給している世代だ。

私の10歳年上のかたは老齢厚生年金(報酬比例部分)を60歳から受給できる。

 

この世代のかたは私に65歳まで働くことを勧めるかたが多い。

自分たちは少ないなりにも60歳から受給できる年金があるのに、下の世代には65歳まで働くことを勧めるのは如何なものだろう。

このひとたちも私と同じように、数年早く生まれていれば、という不満を持っているのだろうけど。

 

自分たちだって60歳くらいまで働くのはすごく辛かっただろうに、下の世代には同じくらいの年齢まで働けという意識を持つのは如何なものだろう。

 

働くことが好きなひと、働くことに生きがいを感じているひとは好きなだけ働けばいいと思う。

 

でも、そういうひとばかりではないだろう。

そうでないひとは出来るだけ早くセミリタイアしたらいいと思う。

 

ひとは自分が苦労したのに他のひとが苦労しない、楽をすると嫉妬するのだ。

だからセミリタイア、アーリーリタイアしたひとを世間は受け入れ辛いのだ。

 

こちらからセミリタイア、アーリーリタイアしましたなんて言うひとは滅多にいないだろう。

自分から自分は異端児ですっていうひとは自分を守ろう好かれようとしないひとかマゾヒストだ。

 

私は他のひとのように群れでうまく笑えないからセミリタイアを選んだ。

自分をつくろって群れの中での生活したけど群れの中にいることに限界を感じた。

 

誰でも蛭子さんのように顔出しで言いたいことを言えるようにはなれないのだ。

 

私は群れの中で息苦しいよりひとりで孤独の方がいいと思って会社を辞めた。

会社を辞めた自分のことをネタにされるのはまっぴらごめんなので、前職のつながりはない。

 

私は私に理不尽なことをしたひと達はどうぞこれからも群れ続けていけばいいと思い、そのひと達と決別した。

だから会社を辞めたあとは会社に勤めていた頃のことは忘れることにした。

その方が自分の幸せのためだと思った。

 

会社を辞めて、いつまでも会社で仕事をしていた頃はこうだったとか、ぐじぐじ言っているひとを見かけると、どうしてそんな未練がましいことを言うんだろうと思ってしまう。

前職のことをネタで書くのは今の自分をネタにどうぞと提供しているようなものだ。

 

私は会社勤めを辞めたら会社のひとから干渉されたくないし、もっと広い意味では世間から仕事をしてるしてないなんてのも干渉されたくはない。

 

65歳までは働いたほうが良いよという年金受給者の方達に対しても同じで、自分たちが60歳くらいまで働いたからって他人もそうであってほしいという意識は捨ててほしいものだと思う。

要するに自分たちの世話を見てくれよ、と言っているように聞こえるのだ。

 

私は子どもはいるが、自分の世話をみてほしいとは望んでいない。

そんな重荷を若いひとに持たすのはよくないし、経済的に無理がある。

子どもには自分の人生で幸せを追い求めてほしいと思っている。

 

自分は自由でありたいと思うなら、ひとの自由も認めてあげないといけない。

自分がセミリタイアしたなら、ひとのセミリタイアも認めてあげないといけない。

 

でも、年金の受給年齢に線を引く限り不公平感はなくせない。

自分だけ良い思いしようと思うと不平不満はなんかしら起こると思う。

 

年金は払った分しかもらえない、払った分はもらえるというような明快なことにしていかない限り、老後は自己責任でなんとかしないとならないというのは意識付けされないと思う。

 

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