セミリタイアの日常

49歳でセミリタイアしました。北海道在住、気の向くままの生活をしています。

私は典型的な生きかたが下手くそな人間だ

アーリーリタイアして普通の生活をするのに困らない境遇ながら、世間や組織に背を向けている私は生きかたが下手くそな人間だ。

 
しかし、ある意味では純粋な人間だとも思っている。
 
今は会社員時代に私が望んでいた、目覚まし時計で起きなくてもいい生活、満員電車に乗らなくてもいい生活、スケジュールに管理されない生活、寝たい時に寝て起きたい時に起きる生活、ひとと命令も強要もされない生活、演じる必要のない生活をしている。
 
ただ、この生活を手にするには見栄や体裁を捨てることが必要だった。
 
私はもう6,7年外で妻以外のひとと誰かと飲んだり食べたりしたことがない。
 
私から言わせると友達がいない、孤独だとか言いながらも毎月のように外で誰かかれかと飲んだり食べたりしているひとは十分リア充だと思う。
 
私は家庭も仕事も失い、お金しかない人間だ。
 
私は貝になりたいという映画があったが、私は貝ですが何か?という感じだ。
 
こんな私のようにお金しかない人生を憧れるのはお勧めしない。
 
私は何もかも手にしたした成功者ではない。むしろ世間に背を向けて生活している敗者だ。
 
転勤族の親に連れまわされ幼馴染みなんてひとりもいない。高校を出て以来友だちもできなかった。
 
蛭子さんのひとりぼっちを笑うなを読んで、別にそれでもいいじゃないかって慰められた気がした。
 
どうやらひとりぼっちなのは今どき珍しいことではないらしい。
 
世間が求める見栄や体裁としての出世や名声、財産。それがいい生活の象徴だとしたら、私はいい生活を目指すことをやめた。
 
人間の目的は成長することと言われるが、私はそれも望んでいない。
 
悔しい思いをして仕事で認められたいとばかり思って生きてきたが、そんな仕事人間だけで終わるのは嫌になって今に至っている。
 
仕事と称して忙しさに追い立てられ、日々の暮らしを楽しむことがなかった。心を捨て、ただ利潤を追求するだけの日常を惰性で生きてきた。
 
今の仕事が本当に好きならまだしも、見栄や体裁にまどわされ、満たされない心のまま、ただ安定した収入を得るための会社人間として働くのはもうたくさんだった。
 
今は経済的に恵まれた生活を目指すことから、時間に縛られない自由な生活をどう過ごしていこうか模索している。 
 

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