セミリタイアの日常

49歳でリタイアしました。北海道在住、気の向くままの生活をしています。

会社勤めを辞めて5年目、とうとう自由人の仲間入りをした

会社勤めを辞めて5年目の夏。

 

この4年間を簡単に振り返ってみようと思う。

 

会社を離れて生活していけるのか?で思い悩むこともあったけど、そんな悩みなんて全くなく過ごしている。

 

もっと早くそうできたか?となるとそれ以前では家庭環境、資産作りなどが整っていなかったので自分なりに最短コースをたどっていると思う。

 

会社勤めをしていた時は兎に角残業が多くて、毎週のように深夜までか徹夜をしていた。

今では労働基準が厳しくなっているけど、私は毎年3000時間以上働いて20年持たずに体調を崩してしまった。

残業代はもらえたけど、倒れるまで働かされる。

残業代が出ればブラックではないのか?

体調を崩しても会社なんて一生保証してくれない。

以前より無理がきかなくなったって保証してくれない。

使えないやつは部署をたらいまわしにされ居場所を失ってしまう。

過労で体調を崩して会社を訴える人もいたが私はそこまではしなかった。

家族のために騙し騙し這いつくばって会社勤めを続けていたけど、会社にも家族にも捨てられた。

どちらが捨てたかはもうどうでもいい。

親が年老いてそばにいないと生活できなくなったが、家族に見放され兄弟からも見放され一人で介護をしてきた。

倒れるまで働いて得た残業代と親が残してくれた資産でアーリーリタイアした。

世界でひとりぼっちになって残ったのは金だけだった。

子どもの頃転校でリセットしていたように49歳でまた人生のリセットをかけた。

そして出会ったのが今の妻だった。

今の私は話し相手、遊び相手は妻しかいない。

ひとりぼっちになっても、寂しいよりも安住の地を得た安堵の気持ちのほうが強い。

傷つく場所を失うことで安心を得ることはいけないことだろうか?

鴨長明やソローを始め世間から一線を引いたひとはそれを選んだんじゃないのか?と思う。

 

親の看取りを終えて、とうとう私も自由人の仲間入りを果たすことになった。

もういつ何処に行こうと自由だ。

テロは怖いから危ないところには近づかないけど。

 

この歳で何処かで勤め直すのは無理があるしそれは望んでいない。

私はこれからもアーリーリタイア生活をしていく。

世間が納得する生き方じゃないし、人様にオススメできる生き方じゃないのは分かっている。

 

ひとりでいることは心地いい。

自分と他人を比べたり嫉妬のような感情から逃れることができる。

 

私はバスや地下鉄や電車の中で大勢の人に囲まれることが苦手だ。

できることなら避けたいシチュエーションだ。

基本的に集団で群れるよりひとりでいるほうが好きだ。

 

そうは言っても、ひとりでもいいから自分を理解してくれるひとがほしいと私は思っていた。

ひとりでもいれば孤立していないと感じるのだ。

私が実証している。

 

私は50代で再婚した。妻も50代で初婚だった。

妻は多分お金目当てではないと思う。妻は今も働いている。

セミリタイア、アーリーリタイアして孤独を感じるかたは入籍するかどうかは別にしてもパートナーを持つことをオススメしたい。

 

アーリーリタイアした私が望むことはコンパクトに人間関係を再構築すること。

世間では人間関係はギブアンドテイクだとかwin winの関係だとかを一般的に望まれるけど、私が希望することは自分が得しなくていいひとと付き合っていきたいということ。

win winの関係と何が違うかというと、お互い様だったりお返しを望む関係ではないということ。

お返しを望む関係だから町内会とかうざったいんだと思う。

そうではない関係を望んでいる。

 

妻がリタイアするまでは、ある程度ひとり旅も慣れようと思う。

ひとりでいると自分と向き合う時間ができる。

そういう時間では、自分を見つめ、自分を許し、自分を守り、自分を肯定してあげようと思う。

そしてこれからは、超コミュニケーション社会の脅迫感にとらわれない自由人としての生活を送っていきたいと思っている。