セミリタイアの日常

49歳でリタイアしました。北海道在住、気の向くままの生活をしています。

ズボンの中にオムツしてるんじゃね?と思われるおじいさんが働いていた

国民健康保険の健康診断に行った。

 

会場に案内していたのは、ズボンの中にオムツをしているんじゃね?と思われるおじいさん。

 

一億総活躍社会が目指すのはこんなオムツしているのか?と思われる、ズボンを膨らましているおじいさんも働かせるのだろうか?

オムツするようになってまで働かせないでほしいなー。

自分が社会のために役に立っていることに喜び、生きがいを感じるのであれば、仕事がある方がいいとは思うけど…。

北海道に毎週飛んできて、ラジオで威張り散らしている日高晤郎さんの老害っぷりとかも…。

 

もう誰も見苦しいと言えない、好きなだけやってくださいという感じになっている働くご老人がいる。

働くことが楽しいのは素晴らしいことだと思うので、思う存分ご活躍いただきたいと思う。

その一方で、自分の価値観を周りに押し付けるのはご遠慮いただきたいとも思う。

 

そもそもセミリタイアーは定年退職まで働けない、働きたくないひとが選ぶ道なんだよという前提に立つと、そういう働きたくてしようがないご老人とセミリタイアーは月とスッポン、水とアブラのような関係性、価値観の相違があるのだと思う。

きっと一生分かり合えないライフスタイルのひととは敢えて分かりあおうとしないほうがいいと思う。

 

セミリタイアー、アーリーリタイアーは努力して資産を作り、労働から解放されたのだ。

別に悪いことをしている訳ではなく、ライフスタイル、生きかたなのだ。

セミリタイアー、アーリーリタイアーは自分はもうダメだ、終わった、と思うことはないと思う。

働くのと同じくらい、やりたいことをする、出来るようになりたいことを学ぶとかは十分価値があると思う。

 

勿論、無理に趣味ややりたいことを作る必要はない。

何もしないことだって趣味のようなものだからだ。

座禅だって、何かをしているわけじゃない。

黙っていたって、何かを考えていたりする。

かえって、落ち着いて考え事をしたり、自分と向き合うことは大事なことだ。

かくいう私は無趣味だ。日々好きなように暮らしている。

趣味と言えるほどのものがなくても退屈はしていない。大したことしてるわけじゃない。

好きな音楽や映画や本や自然や食べ物やスポーツ、菜園など楽しみはいろいろあるものだ。

 

セミリタイア、アーリーリタイアしたが自分の満足したような暮らしができなくて、結局また働くことを選ぶかたは、向いていないか準備不足か働き足りないのかもしれない。

孤独に弱いひとは仕事を辞めないほうがいいと思うし、働いていたほうが良かったと思うひとは燃えカスがまだくすぶっているのだろうから、仕事を続けたほうがいいと思う。

 

オムツ履いてるんじゃね?ということから、あれこれ書いてみたが、こういうどうでもいいような思索もセミリタイアー、アーリーリタイアーだからいくらでも出来ることだ。

 

読んでいるかたの貴重な時間を使っていただくのだから、少しか役立つようなことをたまに感じていただけると幸いと思う。