セミリタイアの日常

49歳でリタイアしました。北海道在住、気の向くままの生活をしています。

ネットでの資産公開について思うこと

f:id:ezoris:20170705132220j:image十和田湖 乙女の像  修学旅行以来の十和田湖奥入瀬は綺麗で良かった 記事とは関係ありません

 

phaさんとか脱力系の著作で見かけるのが、人生なんていろいろあるようでなんかかんかしていたらそのうちお迎えが来る…みたいなフレーズ。

 

良く言えば達観している、悪く言えば人生をあきらめている感じ。

 

これはリタイア者の発想に良く似ていると感じる。

 

問題はろくに働いていないかたが(phaさんは社会人生活3年)達観して人生をあきらめていいのか?というところだと思う。

 

私のリタイア後の人生も見切りとあきらめの生活と言ってもいいかもしれないけど。

 

私を含め、セミリタイア者の多くは社会で活躍することを降りた方だ。

 

リタイア後も何か立派な感じを繕っていたとしても。

 

バリバリ働くこととリタイアすることは相いれないことだから。

 

phaさんや脱力系の本を書いているかたは、どうかこの先も自立の道を歩んでほしいと思う。

 

 

さて、セミリタイア者アーリーリタイア者の多くは、社会で活躍することを降りて穏やかなあくせくしない、平穏な生活を目指していると思う。

 

セミリタイア者アーリーリタイア者、あるいはそれを目指している方の多くはリスク資産を持っている。

 

そこで思うのは、社会から(半分)降りたのに社会の頑張りに資産を投資して、これだけ増えたとかこれ見よがしに言うのは下品だということだ。

 

自分は頑張らないけど他人には頑張れと言い、他人が頑張った結果こんなに儲かりました、ということを人前に出すのはどうなんだろうと思う。

 

例えそれがお金持ちでも。

でも、お金持ちになればなるほどこれ見よがしにお金持ちであることをひけらかすことは慎む、と思っていた。

 

しかし、今は昔、今は自分で億りびとだと吹聴するかたもいる時代だ。

 

会社勤めで頑張っているかたより株で儲けたかたのほうが大きな顔をしていて良いかのか?と思ってしまう。

 

お金儲けが人の価値の全てなのか?

 

別に聞いてもいないのに株の資産がこれだけ増えたとか日々伝える意味がわからない。

 

株の話は下品だということは、分かるひとには分かるし分からないひとには分からないことだ。

 

株をしていること、どういう資産状況かを大っぴらにすることに対して気が引けるか気が引けないか、そう感じるか感じないかだから。

 

資産運用は、年金問題の心配があるから必要性が高まりテレビとかでも取り上げられたりしているし、ひとの資産運用ってどうなっているか気になるところだと思うけど。

 

ネットで何を公開しようが個人の自由だとは思うんだけど。

 

あまりあけっぴろげにやると、お金儲けは悪いことですか?って言っちゃった村上ファンドとかわらない気がする。

 

自分にとって楽しいことがお金を増やすことであり楽しさを共有したいと考えるなら、品性より楽しさを優先するのもありかもしれないけど。

 

ネットの匿名性の上で資産公開するにしても、日本文化の奥ゆかしさ、慎み深く察する文化はこれからも次世代の子どもたちにもつなぐべき文化だと思うんですよ。

 

そのことが矛盾しないことであることを望みます。