セミリタイアの日常

49歳でリタイアしました。セミリタイアという名の無職生活を綴っています。

からあげ隊長と大地震とボランティア 2018年9月の出来事

からあげ隊長がうちにやって来た!

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私がセミリタイアブログを始めた年、2015年のセミリタイアブログ村はからあげ隊長がずっとブログランキング1位で、内容にも惹かれて毎日読んでいました。

今も隊長のブログ更新を楽しみにしています。

 

2015年にからあげ隊長がセミリタイアブログ村から卒業してしまい、私とブログ村でかぶっていた期間が無かったのが残念です。

まあ私なんて、ガチのブログメシ、生活がかかっているからあげ隊長からしたらお遊びですけど。

 

からあげ隊長は今年も旅をしながらブログを書いていて、小屋暮らしを始めた頃のストイックなスタイルは変わっていません。

職場のストレスでウツになってしまい、仕事を辞めて自力で薬を断ち、小屋を建て旅をしてまわりながら、社会と一線をおいて自力で生きていく、友人のいない自称コミュ障のからあげ隊長のブログは、いつも私にパワーを与えてくれます。

他人事とは思えないんですよね。

 

2015年にも北海道に来られていて、その時は車中泊旅でした。

その様子がとても楽しげなのに影響されて、私も翌年2016年から車中泊旅を始めて北海道、本州を走っています。

そして、2018年6月から9月、からあげ隊長が再び北海道に来られています。今回は自転車旅で、益々ストイックなスタイルに磨きがかかってきたようです。

 

何とか、からあげ隊長にお会いしたくて、8月に何度か隊長を探しに出たのですが会えませんでした。

私は隊長の大ファンで、そんなこんなしておりますと、からあげ隊長にメールしたところ、ナント札幌に来た時にお会いしてもいいとお返事をいただけたのです。

 

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お会いしたのは、9月5日。北海道で大地震・ブラックアウトが起きた前日でした。

大通りで待ち合わせて、昼食にサッポロファクトリージンギスカンを一緒に食べました。

隊長が旭川ジンギスカン定食を食べたら肉が足りなかったらしいので、お腹いっぱいジンギスカンをご馳走したかったのです。私もジンギスカンが好きな友人ゼロなので何とも幸せな時間でした。

もちろん、隊長は私など友人とみなしてくれませんが。

 

そして、うちに泊まりに来ませんか?と打診したところ、ナントOKをいただけたのです。

この時は、今夜、からあげ隊長が泊まった夜の未明に大地震とブラックアウトが起こるなんて思いも寄りませんでした。

 

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からあげ隊長をお持ち帰り?して、夕食に出前のお寿司を一緒に食べ、隊長のサインをいただけて感激です。

うちの家宝ができました。

風呂に入れて喜んでいただけたのも良かったです。

セミリタイアブログ村でブログを続けていてホント良かったです。

セミリタイアラーがうちに泊まったのは、からあげ隊長が初めてです。

 

 

地震とブラックアウト

 

9月6日   3:07 二階で寝ていた私は経験したことのない大地震で起こされました。

 

これ以上揺れたら家がもたないかもしれないと思いつつ、ギリギリのところでおさまってくれました。

凄い揺れでした。

地震がおさまるまでベッドから動けませんでした。

万が一、家がつぶれたら一階の玄関から外に避難して行く途中で動けなくなるより二階に居た方がまだいいんじゃないかなととっさに思いました。

一階で寝ていた隊長には申し訳ないのですが…。

札幌が震源震度7で、うちが倒壊していたら、からあげ隊長は札幌で…危なかったですよ。

地震直後から停電でした。

取り敢えず、二階の懐中電灯とLEDランタンを持ち、隊長の無事と家の中の被害状況を確認しに一階に行きました。

隊長は頭にヘッドライトを付けて!部屋から出てきました。無事で良かったです。

お客の来ないうちなのに、初めて泊まったお客さんが怪我でもされたら大変です。

地震直後から停電でしたが、しばらくはネットが使えたので地震速報は直ぐに確認できました。

苫小牧の東近隣が震源震度6強。札幌は震度5弱〜5強という情報でした。

家の中は奇跡的に家具や家電など倒れたものは無く、テーブルのコップの水がこぼれた程度でした。

水道は使えているので気分的にかなり余裕はありました。

うちは食料や水、ガスなどの備蓄もしっかりしているし。

スマホとラジオで情報収集をして、明るくなるまでは出歩かないほうがいいと判断しました。

少しでも休むことにして二階に戻り横になりました。

 

 

そして朝を迎える

 

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朝5時を過ぎると徐々に明るくなってきました。

この時はまだ長時間の停電になるとは思いませんでした。

家中の被害状況を確認しました。奇跡的に家具、家電、食器、家の内外、被害はありませんでした。

でも、ネットとラジオから入ってくる震源地付近は多くの家屋が被害を受けたようです。

亡くなったかた、不明者も数十人でているらしい。

隊長と朝食をとりつつ、数日はうちに居た方がいいのでは?とすすめました。

取り敢えず、今日は泊まらせてくださいとのこと。

朝食後、札幌の中心街を見に行きたいと自転車で出掛けました。ガチのブログメシを職業にしていると大変だなあと思いました。

 

私も近所の様子を確認してきました。

信号機のランプが消え、24時間営業のスーパーは休業し、コンビニは一部営業しているものの陳列棚はカラ状態。

これは停電復旧までは、うちにあるものでまかなわないとならないと判断しました。

うちの備蓄状況は非常食と水が1週間分ほどあり、カセットガスと電池・モバイルバッテリー・ポータブル電源もしばらくは問題ない状態でした。

昨晩、念のために風呂桶に水を張りトイレ用に用意しました。

停電がどんなに長くても1週間以内には復旧してくれるだろうと思っての量です。

これは結構余裕を持った期間の量を蓄えたつもりでした。

結局は、非常食はほとんど手を付けなくても良かったのですが、今朝の時点での停電の復旧見込みは1週間程度かかりそうだという情報が出ていました。

この停電が1週間続くかもしれないという情報は衝撃的で、焦った方が多かったと思います。

しっかり備蓄したつもりでも1週間分なのです。

1週間分も備蓄しているひとは少ないのでは?と思います。

この日から数日はスーパーなど営業するお店には長蛇の列ができ、陳列棚は空っぽになったのです。

 

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からあげ隊長がうちに戻って来たのはこの日の夕方でした。

大量のレトルトカレーセイコーマートで買ってきてくれました。

よくこんなに買えたものだと感心しました。ありがとうございます、隊長!

随分お金を使わせてしまって申し訳ないです。

 

この日は停電が復旧する見込みが薄いと思って、明るいうちに隊長が買ってきてくれたカレーをパックご飯にかけての夕食になりました。

質素ながらも大地震の後の停電の中でからあげ隊長と食べたカレー。

一生忘れないでしょう。

どんなホテルのレストランのご馳走より記憶に残る夕食になりました。

 

 

からあげ隊長がうちを出発

 

翌朝、一階に降りて隊長と言葉を交わすと、今日札幌を発って苫小牧フェリーに向かうとのこと。

朝食をとりながら、地震後落ち着いていないので、まだ何日かうちにいて、うちを拠点に活動されては?と勧めてみましたが、流石、自分のことは自分で決める、我が道を行くを絵に描いたようなお人です。

今日これから出発すると決めたそうです。

 

自分のことは自分で決める、ひとに決められたくはない。byからあげ隊長

(私が受け取ったニュアンスです)

 

でも、隊長はうちの備蓄を自分が減らすわけにはいかないと思って出発を決意したのを、後日からあげ隊長の冒険の記事で知りました。

食料は問題ないのに、気をつかわせてしまって。

いつでもまた来てください!お待ちしています。

 

こうしてからあげ隊長と過ごした、足掛け3日間は終わりました。

一生忘れられない出来事になりました。

 

隊長が札幌を出発した日の午後、うちの停電が復旧しました。

今回の停電で思ったのは、思った以上に電気に依存した生活をしているということです。

生活の基本は間違いなく水ですが、電気が復旧したことで日常が復旧したと思います。

電気が通電した瞬間から日常が戻ったようでした。

生活の基本は水で、日常の基本は電気、ということだと思いました。

 

 

そして災害ボランティアに

 

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思うんですけど、北海道で災害が起きたと言っても、ほとんどの人は大した被害はなく、地震があったその日から、のんきにブログなんか書いているのです。

それが悪いとかじゃなくて、そんなもんですよね、ということです。

これは九州の大地震の時もそうでした。

被災地の生活と被害の無かった生活が隣り合わせになっているからです。

 

恥ずかしながら、私はこの歳になるまでボランティアをした事がありませんでした。

今回は北海道で、うちから日帰りで行ける距離で起きた災害なので、行かなくちゃと思ったわけです。

被災地での写真などをネットにアップするひとがいるようですが、災害ボランティアセンターではそういう行為はやめてくださいと言っています。

特に個人宅や荷物やひとなどを撮るのはやめてくださいと言われています。

まあもっともなことです。

昨日まで住んでいた家が災害に合い、家や家具などを写真に撮られてネットにアップされるのは嫌でしょうから。

そういう事情ですので、被災地の家や被災ゴミの写真はアップいたしません。

 

被災地では今も避難所生活をしているひとが北海道全体で900人以上、震源地の厚真町では450人くらいいらっしゃいます。9/20現在

電気は復旧しましたが、水道が復旧していない家がまだ結構あります。

住んでいた家を直すのを諦めないとならない状況の方も多く、でも住んでいた家の中のものの片付けや整理をしないとならないし、何より今後どうしようか決まっていない、決められない方が沢山いらっしゃいます。

だから、ボランティアに行っても、被災者のかたが追いつかない状況があります。

直ぐには立ち上がれない方が多いのでしょう。

ボランティアセンターに依頼する件数が思ったほど無く、大勢のボランティアが大挙して被災地に入っても作業が行き渡らないのはこういう事情があるようです。

でも、ボランティアセンターの方やボランティアの頑張り、さまざまな支援してくれる方がいらっしゃるので徐々にですが前に進んでいるようです。

 

札幌から僅か70キロしか離れていない町で、地震で何十人も亡くなって、今も何百人も避難所生活を送っている。

そして、これからどうして行くか決まらないまま立ちつくしている。

 

やっぱりこれは行かないわけにはいかないでしょう。

私は毎日でも行く気持ちはあるのですが、大きなタンスなどを移動する力仕事の翌日などは動けなくなります。

まだしばらくはボランティアが必要そうです。

自分に無理を強いると続かないので、時々行くようにしています。

 

そんなふうにして、2018年9月は過ぎていきます。

来月下旬には平地でも初雪の季節になります。

これから家庭菜園の始末など冬支度の季節です。